2019.06.28
スタイリストブログ
寝息と笑顔とそれからそれから…
最近、僕は帰宅するのが遅い。先日、なんとかねじ込んだ昼食の時間にふと先月の平均残業日数を計算してみたらだいたい週3日、僕は遅くまで会社の中でいそいそと働いていた事になった。仕事自体は苦ではないし、昇進してからは楽しさが増したとさえ思う。けれどその分何か色々と犠牲にしているような気もするから、きっと僕は平均残業日数なんて計算してしまったのだと思う。その犠牲にしているものがなんなのかを考えたいけれど、考える暇がない。時間は作るものだというけれど、僕はそんなに器用ではない。
そう、そもそも僕はあまり器用ではないのだけれど、だからといってその器用でない部分を適当に他者の意見で代用しようとも思わない。頑固と言われればそうなのだろうけれど、多分僕は、独自のルールが他の人よりちょっとばかし多いのだと思う。けれどそのルールのおかげで週末、彼女と過ごす時間はしっかり取れているから満足している。・・・僕は。
家に帰るとリビングの明かりが小さくつけられており、彼女が寝ている寝室は扉が少しだけ開いて真っ暗闇が廊下へ少しだけ漏れていた。
同棲して、尚且つ僕の帰宅が遅くなってからわかった事だけれど、彼女はとてつもなく静かに眠る。寝息はスースーたてるものだと僕は思っていたけれど、彼女はほぼ無音に等しかった。帰宅後に着替えてちょっとだけ彼女の寝顔を眺めるのが残業の日の日課なのだけれど、初めの頃はあまりにも無音で寝返りも全然打たないので、何度か呼吸の確認をしたくらいだった。
着替えようと思い、リビングに行くと、珍しく彼女の仕事道具がテーブルの隅にこぢんまりと広げられたままになっていた。そういえば、最近彼女も忙しいらしい。何か飲もうかな思い、冷蔵庫を開けると彼女の丸っこい字が書かれた黄色い付箋が貼られたシュヴァルツが目に飛び込んできた。
“超人にも休息を。ドイツ旅行に友人が行ってきたそうな”
超人か。明日は緑色のネクタイか靴下かなと、ふざけながら僕はその黒い瓶の口を開けて、静かに寝室に滑り込んだ。彼女は相変わらず静かに寝ており、頭の上の小さな窓から月明かりが顔を照らしていた。ベッドの隣の床の定位置に僕は座り、シュヴァルツを味わいながら彼女を眺めていると突然彼女は小さくくしゃみをした。彼女も寝ながらくしゃみをするのか!と新たな発見に感動していると、別の音を僕の耳がとらえている事に気づいた。それは彼女の寝息だった。虫の音ほどの小さな寝息。
そして僕は唐突に、僕がこれまで何を犠牲にしていたのかがわかった気がした。
目覚まし時計の針は音を立てずに秒針を動かしている。
僕が手にしているシュヴァルツは、溜まった水滴を床へ静かに滴らせている。
彼女は寝返りを打つ事なく僕の方を向いて寝息をたてている。
僕はシュヴァルツの口に残る苦味を味わいながら、暗い寝室で彼女の寝息だけを聞きながら意を決した。
【一緒】 Con Te
〜あなたと一緒に…〜
【音楽】 Musica
〜二人の音を奏でていこう〜
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朝起きると、彼女は支度を半分ほど整えて、ゆっくりとコーヒーを飲んでいた。
「おはよう。コーヒー飲む?」
「うん」
コーヒーを淹れてもらい、パンを焼いている間に僕も身支度を済ます。キッチンでトースターの音がなり、彼女がパンをトースターから出してくれている音が聞こえる。
「シュヴァルツ、どうだった?」
「渋めで美味しかったよ。お友達にありがとうって伝えておいて」
「わかった。ところで・・・」
リビングのテーブルに座った僕の前に食パンとコーヒーを出しながら、彼女はにやにやしながら聞いてきた。
「どうして今日のネクタイはそんなに派手なの?」
僕は、昨夜必死で探し当てた緑色のネクタイをいじくりまわしながら言った。
「僕は体を緑色にできないからね。その代わり、ネクタイでアピールしてみたよ」
「やっぱりね」
彼女は自分のコーヒーカップを下げながらくすくす笑っている。
「何がやっぱりねなの?」
「わたしが書いたのは、ハルクの意味じゃないよ」
「え?超人でハルクじゃないなら何になるの?」
「別にふっくんの事狂人って言いたかったわけじゃないよ。褒めたかったの」
「え?褒める?超人で?」
「ドイツビールに褒め言葉の意味で超人って書いたの。大きなヒントだよ、これ」
「そんなすごいドイツ人がハルクを演じたの?」
「今晩までの宿題ね」
彼女は大笑いしながら、荷物を持ち、その言葉と笑い声を残して仕事へと向かってしまった。
残された僕は彼女の難問が全く解ける気がしないけれど、久々の彼女の大きな笑顔と梅雨の合間の快晴に、最強無敵な感覚を覚えた。