第一章


その人は、日々を少々退屈に思っていました。
生きてゆくには不足なく、決して不幸ではない。
だけれど、何かが足りない、そんな気持ちでいました。

「なにかいいことないかなあ」
そんな言葉がいつしか口癖になっていました。







ある休日、何気なく通りかかったお店のショーウィンドウに、 きらりとひかるひとつのジュエリー。

「そういえば、私、最近ピアスをしていなかった」

帰り道、その人の手の中にはちいさな紙袋がありました。
本物のダイアモンドのジュエリーを手に入れるのは初めてのこ とでした。
少し高価な買い物をした自分を、なんだかちょっと誇らしく思 いました。







夕暮れの部屋の中はいつもどおり、しんとしておりました。
いつものドレッサーに向かい、手に入れたばかりのちいさなダイ アモンドのピアスをそっと耳につけてみました。
薄暗い部屋の中でも、ちいさなピアスは驚くほど美しく輝き、鏡 の中の自分がなんだか別の人のように見えました。

「明日は髪をあげていこう・・・。」

月曜日。

いつもの時刻、いつもの電車、いつもの車両をまつその人。
その人は、すっきりと額と耳をだしておりました。
「あら、あんなところに花があったかしら」
少々広がった視界に、あたらしい景色が飛び込んできたのでした。





第二章


その人は、もう一つ、ジュエリーがほしくなっていました。
ピアスを身につける習慣ができたら、
こんどは胸元が少しさみしく感じるようになっておりました。

再び、あの店のドアをあけました。

「今度はネックレスがほしいとおもっているのです」

「この間のピアスは、ダイアモンドでしたね。ところでお客様は どんなことがお好きなのですか?
お花、海、冒険のような旅、青々とした空・・・」

「私は何が好きなんだろう・・・」







会社からの帰り道に、きまって通る橋の上からみえる、大きな夜
空が頭に浮かびました。月は毎日表情を変え、星はどんな時も、 きらめいておりました。そこを通るとき、いつも深呼吸をしたく なるのでした。

「夜空を見上げることは、とても好きかもしれません」

「それならば、この間のダイアモンドのピアスを星にみたてて、南 十字星のネックレスなどはいかがですか?南十字星はこのあたり からは見えなくて、もっと南のほうへ行ったら見ることができる のです。その昔、ヨーロッパの航海士たちは、この星を目指して 航海をしたのだそうです。いわば、みちしるべとなる存在ですね」
「みちしるべ」という言葉が、耳に残りました。



次の日、その人は南十字星のネックレスを身につけておりました。

「そうだ、次の休暇には、南の島へ旅に出ようかしら」

その日、あたたかな南の島の風を想像していたのでした。





第三章


その人は、ちいさな少女を膝に抱いておりました。

「いいわよ。おばあちゃまの大切な大切な宝物なのよ」

美しく年を重ねたその手には、すでにいくつかのリングがかがや いておりました。
「これはね、天の川のリングなのよ。ほら、たくさんのちいさなダ イアモンドがちりばめられているでしょう?
おばあちゃまがまだずうっと若かったころにね、南の島でそれを はじめて眺めたのよ。本当にたくさんの星たちが、白い雲のよう に広いお空を流れていたの。
流れ星って、ものすごく偶然にみることができるものだとおもっ ているでしょう?
でもその空には、本当にたくさんの流れ星をみることができたの よ。
おばあちゃまは瞬きするのもおしくって、ずうっとその空をなが めていたわ。」
小さな少女は、宝石箱のなかの輝くジュエリーたちを、目をまん まるにして覗き込んでいました。





「あ!ここにもお星さまがある!」

少女がみつけたのは、スタールビーの指輪。
こっくりとした赤のなかに、きりりと光の筋が見えるルビー。

「あ!これは流れ星なんだね!」

スタールビーは光をうけて、星の位置がかわるのです。

「おばあちゃまはすごいね。こんなにたくさんの宝石をもっていて」

「一度にこんなにたくさん買ったわけではないのよ。おばあちゃま は自分にすこしずつの贈り物をしてきたの。お仕事をこれだけ頑 張ったから、一つ。記念にしたいことがあったら、またひとつ・・・っ
て。」

少女はその人の美しい瞳の中をのぞきこんでいました。